開田美代子先生のこと
行きつ戻りつする季節のせいなのか、そのせいで体調不良のせいなのか、個展が終わるまで、と後回しにして膨大な量になっている雑用のせいなのか、なかなか気持ちが波立たず以前投稿した時からは大して進んでいません。おまけにご予約いただいたお客様のご都合で、この帯のお渡しは2年後となりました。

それでも白孔雀の本物のふわふわの羽根を触ったり、お気に入りのさかなの目打ちを触ったり、憧れていた方の販売会に出かけて素敵な数寄屋袋をゲットしたりしていると、すこ〜しだけ気持ちが乗ってきました。
そして、手を動かしていると思い出すのは恩師のこと。
私はこれまで手仕事に関してたくさんの先生方に師事してきました。
刺繍だけにとどまらす、ハンドバッグの製図や制作の先生、また写真の撮り方を教えてくださった先生などもいらっしゃり、どの方もとても素晴らしい先生です。
その中でも一番尊敬してやまないのはヴォーグ学園でヨーロッパ刺繍全般を教えてくださった開田美代子先生です。
とても厳しい先生でした。
けれど、他では一切学べない素晴らしい刺繍のコツや魂のようなものを教えてくださいました。
『入る針は太いけど出る針は細い』
これは針を出し入れすることによる穴の大きさや、また込み入ったところに重ねて刺繍をするような時どこから針を入れたらベストか導いてくれるコツです。
『糸は出た方向に引く』
これは言葉通り糸を刺し終わって出た方向に引くと布に糸がピッタリ寄り添います。ただ、日本刺繍では少し違う刺し方をするので少し応用が必要ですが、基本的なことは同じです。また、針の進む方向によっては刺した糸がふっくらと可愛くなります。
『糸がよれてきたら針を回してヨレを取る』
この辺もどんな刺繍でも使える技です。また、日本刺繍ではよりを戻すためにあえてよりをかける方に回したりもしますが。
『刺しすぎは野暮』
針の止め時をためらっていつまでも刺すと野暮ということです。これは私はやってしまいがちなのでいつでも心しています。
『糸を舐めたらその部分は必ずカットする』
そうしなければ汚れた糸でいつまでも刺し続けることになります。
『スピード、だと思います』
これは先生の作品と生徒の作品の仕上がりの美しさの違いを聞かれた時におっしゃった言葉です。言い換えれば勢い、でしょうか。こわごわ刺していると見る人までそんな気持ちになってしまう、速やかに伸びやかに刺しなさい、ということでした。ただ、迷わず針を落とせるということは、やはりトレーニングを重ねないと難しいものです。
実はもう身についてしまっているので、書き起こそうとするとなかなか出てきませんが、他にもたくさんのコツを教えていただきました。こんなことはなかなか他では学べないことだと思います。
そして、テクニック以外にも
『自然をお手本にしなさい』
『刺している人が今どんな状況にいるのか見ただけでわかってしまいますよ』
『刺す対象のものの気持ちになって刺しなさい』
こういったことを教えていただきました。まだまだたくさんあるはずですが、折に触れて思い出せると思います。
昨年11月の私の個展でたまたまいらしてくださった方が開田先生の教え子さんでした。
彼女は京橋の手芸の老舗、越前屋さんにあったお教室だったそうですが、思い出話に花が咲きました。
開田先生のことを思うと刺繍の基礎に立ちかえるようです。目をちゃんと開けて、早々にこの帯を仕上げようと思います。
日本刺繍作家:石原 英(Hanabusa Ishihara)